お母さん、私は後3時間で祖国のために散っていきます。

胸は日本晴れ。本当ですよお母さん。少しも怖くない。
しかしね、時間があったので考えてみましたら、少し寂しくなってきました。
それは、今日私が戦死した通知が届く。お父さんは男だからわかっていただけると思います。
が、お母さん。お母さんは女だから、優しいから、涙が出るのでありませんか。
弟や妹たちも兄ちゃんが死んだといって寂しく思うでしょうね。

お母さん。

こんなことを考えてみましたら、私も人の子。やはり寂しい。
しかしお母さん。

考えて見てください。今日私が特攻隊で行かなければどうなると思いますか。
戦争はこの日本本土まで迫って、この世の中で一番好だった母さんが死なれるから私が行くのですよ。
母さん。
今日私が特攻隊で行かなければ、年をとられたお父さんまで、銃をとるようになりますよ。
だからね。お母さん。
今日私が戦死したからといってどうか涙だけは耐えてくださいね。
でもやっぱりだめだろうな。お母さんは優しい人だったから。
お母さん、私はどんな敵だって怖くはありません。私が一番怖いのは、母さんの涙です。


18歳の回天特攻隊員の遺書

アイドルソングの歴史

ヲタクというレベルには達していないのですが、

女性アイドルユニットの歌詞の一人称が、

「ぼく」となっているケースをよく見受けます。

さらにいうと、個人的にはその「ぼく」という歌詞を使う唄に

結構なレベルで共感している節もあって、気になり始めています。


アイドルの歴史をひもとけば、その歌詞の変遷であったり、社会背景など含め面白い史実が語れそうだなぁと。

誰かそういうものを文献にまとめてるひといませんかね。

面白いと思うんですがね。そういう本があったらぜひ読みたい。

持続する関係性

昨日は、もうかれこれ7、8年も前になる浪人時代の友人と飲み会がありました。

無事大学に入学して以降も年に一度は通例的に会ってはいたものの、

ふと振り返って7、8年の年輪を刻んていることに気づいて驚きを隠せずにはいられませんでした。

いつの間にやら、27歳の年を迎えていることと同時に、

もうそんなに長い付き合いになるのだなと。


極端なはなし、年に一度の集いがあったとしても、

会える機会というのは限られているとまざまざと見せつけられながら

昨日は大事に大事に、そのときを共有していたようにおもいます。

毎回、どのコミュニティにおいてもそうですが、

ずいぶんと久しぶりに会うのにもかかわらず、

その場に介する瞬間に、当時の関係性に戻れるというのが

たまらなく不思議です、たまらなく好きです。

当時の感情とか、風景とか、思い出が、オンラインストレージされているかのごとくパッケージングされているはずで、

集まることでそのデータを掘り起こして、懐かしむ。

いまが楽しくない、というわけではさらさらないのですが、

この歳になると、本当に懐かしむ機会が増えて老けこんでしまいますが、

あのときは楽しかったねーと飲み交わすお酒が最近にとてもおいしく感じます。

いくつになっても、心の奥底でつながっている感覚を忘れずに生きていきたいもんです。

学生生活は、例えるならドラクエです。速度に多少の差こそあれ、とにかく時間を使った分だけ『ステータス』は上がり、失敗してしまってもすぐやり直すことが出来る。話も決まっているので、進めるのにそれほど苦もありません。しっかり『ステータス』さえ上げればクリアすることは可能ですし、クリアレベルによって『レアアイテム』がゲット出来ます。これが、後々で効いてきます。

ところが、これが社会人生活になるとちょっと変わってきます。社会人生活は、トルネコの大冒険です。決まった経路などは無く、実際に飛び込んでみるまでどうなるのか解らない。ボーッとしてたらどんどんお腹が空くばかり。かと言って、頑張って時間を掛けたのに失敗して結果が残せないなんてこともしばしば。だから、考え方を「ヘコタレずに失敗から学ぶ」方向にシフトせざるを得なくなります。経験を積んで、それを生かす方向です。何度も失敗している間に、あの武器は実は有効だから鍛えて使えるようにしよう、とか、こういう地形だとモンスターハウスがありそうだ、とかが解ってくるわけです。そういう攻略法になってくる。

いつかの昨日: 決められる民主主義

kounotakeshi:

先日の『朝まで生テレビ!』は大阪の橋下市長と
彼に反対する学者や評論家、政治家との対談でした。

橋下さんに批判的な人を集めて徹底的に議論するという話でしたが
じっさいは反対派の方々は緊張なのか、怒りのあまりか
原因はわかりませんけど、どなたもテンパッてしまっていて
まともな反論ができてませんでした。
あれはちょっともったいなかったですね。

賛否はあるだろうし、それはどんなことでも当然なんだけど、
ぼくは橋下さんの主張はシンプルだと思うんですよね。
要するに「決定できる仕組み」につくりかえようと彼はいっていて
そして、できるだけ現場に近いところに決定できる権限を
与えようとしている。

じゃあなにを決定するのかというと、それは行政のことで

“ほんと大阪市はムチャクチャ
ホントいろんな勢力に完全に乗っ取られてるからな
もの凄い闘いになるよ

ウチの小学校には良く分からんオッサンが用務員という名目で住んでた
指名手配中の中核派の活動家だったよ。みんな知ってたが、学校は警察権力不介入らしいので放ったらかし

ウチの中学校の担任は朝鮮総連幹部の家に通ってたしな。何度も目撃されてる

高校では体育祭でマスゲーム踊らされた
放課後に朝鮮高校まで練習に行かされ、本番ではそいつらから
本物のチョゴリとシマチョゴリ借りて踊らされたんだせ

文化祭も修学旅行も無かった。どっか変な宿泊施設にカンズメにされ、
日本の戦争責任とかについて一日10時間とか議論させられた。マジだよ

ちなみにウチのような大阪市内の進学校には、留学生枠ってのがあってな、
在日朝鮮人が留学生という名目で無試験で入学してたんたよ。もちろん授業料タダでな

人権、平和、ジェンダーフリー。大阪のいたるところが、隣国に乗っ取られてるが、
まさかこれと闘おうという奴が現れるとは思わなかった”

素朴な疑問です。
ドラゴンボールの後半になると、ミスターサタンというキャラが
出てきますが、この人の人気というのはどれくらいなんでしょうか。
なぜかというと、私が子どもの頃リアルタイムでドラゴンボールを
見ていて、サタンが出てきた頃非常に不快でした。
たかだかマンガでという気もしますが、物語の中では、本当に
悪者と戦って人々のために尽くしているのは孫悟空や悟版なのに、
サタンがまるで一番偉いかのようにもてはやされ、本当に頑張っている
人が評価されないという描写を大衆マンガでされることに
怒りを覚えたのです。
私はドラゴンボールが大好きですが、このキャラだけは、単純に
好き嫌いというレベルではなく、嫌悪感に近いものを感じました。
現在大人になって、先日久しぶりにコミックスを読み返す機会が
あったのですが、やはり感想は変わりませんでした。
が、巷ではサタンが特に不人気という事は聞いたことはないし、
ドラゴンボール愛読者の方の感想を聞いてみたいです。

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個人的には大好きなキャラです。

 とりあえず自分の「ドラゴンボール」に対するスタンスは、「もうちょっとだけ続くんじゃ」の前までこそが本来の姿と思ってるということを前提として読んでいただけたらと。

 冒険活劇として始まった「ドラゴンボール」ですが、中盤以降はひたすら強くなる敵に対してさらに強くなって打ち勝つというバトルマンガになっていました。これは「人気が出すぎて終わらせたくても終われない」という事情があったようです。その結果、最初のころ数千の戦闘力がすごいといわれたのが最終段階で億の単位まで行ってしまいました。

 そこに登場したミスターサタンは、魔神ブウに対して「仲良くなる」という今まで誰もしなかった、あるいはできなかった方法で解決します。これは「力による解決が全てではない」というメッセージとも言えるでしょう。

 そして、原作での最後の「元気」を集める場面。ここでも、世界の人々は「英雄であるミスターサタンの言うことなら」と協力します。ただ強いだけの戦士たちのみでは世界を救えず、「人の心を集める力」が世界を救ったのです。

 ひたすらに強さがエスカレートしていく物語において、強さ以外の方法でそれを超えて見せた。そこでようやくこの物語を(原作では)終わらせることができたのです。そのために必要不可欠だったキャラクターであり、最重要人物といっていいでしょう。